マドロネック

200 「祝 200回」

2017年1月17日

カミロボコラム・マドロネックが200回を迎えました。

いやぁ、200という数字を見ると自分でもちょっと驚きです。

我ながらずいぶん書いてきたなぁ…。

…とは言え、正確に言うと、
マドロネックは当初5項目=(カミロボが語る・マドロネック図鑑・
実戦・噛ませ犬・バックステージ)に分かれていたので、
その分も含めると既に200回以上書いている事になるんですけどね…。

でもまぁ、そんな厳密さはとりあえず置いておいて、
とにかく「たくさん書いてきたねぇ、俺」って区切り目なのです。今回は。

Kami-Robo

さて、せっかくの大きな区切り目なので
ご覧のように今回からページ自体をリニューアルしました。

心機一転、また新たな気持ちでスタートを切ろうということでね。

新タイトルロゴは自分で描いています。

小学生の頃になんとなく思いついて以来、
30年以上にわたって使い続けている謎の造語、
「マドロネック」という言葉を
改めてこの機会に噛みしめて、新たな気持ちで描きました。

そして!

今回は特別なお祝いなので、
元祖マドロネックのレジェンドレスラー、
マドロネックファイター、マドロネックキング、マドロネック Zのお三方にも
カミロボブログ「マドロネック」の空間にご来場いただき、
スリーショットを撮らせていただきました。

小学5年生の頃に作ったこの3体のカミロボから
カミロボプロレスは始まり、
カミロボプロレス界の名門「マドロネック」の伝説は始まりました。

この3人の並びは滅多になかったので
感慨深いなぁ…と思う反面、
「安居智博様へ」と自分宛のお花のミニチュアを作っている
我が身のバカバカしさよ…(笑)

Kami-Robo

さてそんなマドロネック、改めて調べてみたら
最初に書いたのは2004年の8~9月頃だったようです。

クリエイティブディレクター青木克憲氏と出会い、
カミロボを発表し始めて
いろんな事が一斉にスタートした、そんな時期です。

先に立ち上げていたカミロボオフィシャルサイトとは別に、
作者安居が直接カミロボの話を書くブログをやってみたらどうか、とのお話を頂き、
マドロネックはスタートしました。

カミロボ界では「マドロネック」という言葉が
重要な意味を持っているから、との理由で
「マドロネックってタイトルでやったらいいんじゃないの?」
と、青木さんが提案してくれたのを覚えています。

…とは言うものの、
小学生時代に作った造語を全面に押し出すのは
かなり恥ずかしいことで、
当時の僕としてはそれなりの抵抗を感じていました。

あの時の心境を思い出してみると、

「本当はもっとスマートにカッコ良く作品を発表したいけれど、
 こういうカッコ悪さが自分の個性のような気もしてきたし、
 ここはひとつマドロネックでやってみるか…」

と、恥ずかしさを乗り越えて決断するような感じでしたね…

カミロボを発表しはじめた頃の自分は
とにかく一つ一つの出来事が恥ずかしさとの戦いでした。

カミロボ博士S氏ことシチジくんと
最初に出会ったのもこの時です。

最初はマドロネックのホームページを作る担当者、という形での登場でしたが、
それから現在に至るまで、プロデューサーとして
展覧会やイベントなどカミロボ関係の様々な場面で
お世話になっています。

   ★     ★     ★

マドロネックの途中の数年間は
オモチャ雑誌「クアント」の連載コラムと
原稿を共用する時代もありました。

Kami-Robo

毎月一回、文字数もある程度決まっている状況で数年間書き続けたので、
この時期にはずいぶん鍛えてもらいましたね。

当時のクアント編集部の方々には大変お世話になって、
例えば、サンディエゴ・コミックコンベンション出展を
現地で取材していただいたり、
プロレスリング・ノアの三沢光晴選手や
マンガ家・永井豪先生との対談を取り仕切っていただいたり、
一緒に貴重な体験をさせていただきました。

思い返してみると全てが大切な思い出です。

時の流れを噛みしめます。

Kami-Robo

   ★     ★     ★

そうそう、時の流れといえばTwitterですよ。

カミロボ博士S氏が強く勧めてくれたこともあって
昨年の10月末からTwitterを始めてみたのですが、
この3ヶ月弱の間に様々な出会いがあって驚いています。

例えば、

小学生の頃、カミロボサイトの
「安居さんへの質問」に質問したことがある、とか

雑誌付録についていたカミロボカードを
今も本のしおり代わりに使っている、とか

バンダイから発売されていた
カミロボフィギュアを買っていた、とか

パルコでの展覧会を見に行ったことがある、とか。

そういう人たちと、時を経てTwitter上で再会する事に
とても不思議なご縁を感じています。

そして、Twitterを見ていると、
皆さん自由に個人の世界を発表していて、
そういうのが、なんと言うか、
時代が変わったんだなぁ、と強く思うんですよね。

今から10数年前のカミロボ発表当時は
まだまだ「オタク的な個人の内面世界の発表」ってのは
物珍しく見られていたように思います。

まぁ、だからこそあの時期に、
その先の時代の流れを見据えて
青木さんはカミロボを発表しようと思ったのではないかな、と
今改めて思うこともあるんですけどね。

やっぱり、あの頃と現在では
個人世界を打ち出す姿勢や
受け取り方が大きく変化したように感じます。

隔世の感、です…。

…と、遠い目をしてしまうこともあるけれど、
郷愁に浸っているばかりではありませんよ!

Twitterでは「カミロボ異素材軍団」の新作を
不定期ながらもどんどん作って発表しているので、
そちらも是非一度ご覧いただけたらと思います。
https://twitter.com/kami_robo_yasui

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というワケで、祝200回の思い出話でした。

いやぁ本当に、カミロボ自体は小学生の頃から変わらないのに、
時代の変化の中でブログを立ち上げたり、
Twitterで新作を発表し始めたり、
新しい仕組みを取り入れながら継続していることを
とても不思議に感じます。

思い返してみると、カミロボにとって最初の「メディア」は
小学生の頃に父親が撮ってくれた写真や
一般に普及し始めたばかりのコピー機で複製してもらった
手描きの情報紙でした。

Kami-Robo

あれからずいぶん時代が変わりましたが、
遊びの本質自体は変えることなく、
さらに深く追求して行こうと思っているので
引き続きどうぞよろしくお願いいたします!